トムパパの好奇心日記

日常の中で見つけた小さな好奇心を、トムと一緒に楽しんでみませんか?

【パパ242日目】父親になって8か月。まだ気づいていなかった視点がありました

先日、妻と話をしているとき、こんなことを言われました。

「あなたって、自分の軸で生きているよね。」

最初は、その意味がよく分かりませんでした。

「家族のことを考えているつもりだけど……。」

そんな気持ちだったからです。

もちろん、自分勝手に好きなことだけをしているつもりはありません。

休日のお出かけも、旅行も、妻や子どものことを考えて提案しているつもりでした。

だからこそ、その言葉は少し意外でした。

でも、妻の話を聞いているうちに、「あぁ、そういうことか。」と腑に落ちる瞬間がありました。

私が考えていた「家族のため」

例えば、私が提案するお出かけ先。

本屋やカフェ。

人混みが少なく、赤ちゃん連れでもゆっくり過ごせそうな場所です。

夏休みの旅行についても、私が提案したのは部屋食のある旅館でした。

周りを気にせず食事ができる。

赤ちゃんが泣いても迷惑をかけにくい。

妻もゆっくり休める。

そんな理由で選んでいました。

自分の中では、「家族のことをちゃんと考えている」と思っていました。

でも、今振り返ると、その基準はすべて

「大人が快適に過ごせるかどうか」

だったのです。

妻が見ていたのは、子どもの反応

一方、妻が提案するのは水族館や赤ちゃん向けのイベント。

「魚を見てどんな顔をするかな。」

「音や光にどんな反応をするかな。」

「初めての体験を楽しめるかな。」

そんな視点で考えていました。

私は正直、そこまで考えたことがありませんでした。

というより、考える必要がないと思っていました。

私の中には、

「どうせ今のことは覚えていない。」

「赤ちゃんにとっては何もかもが初めてだから、どこへ行っても楽しめるだろう。」

そんな考えがあったからです。

だから、お出かけ先は自然と

「親が楽に過ごせる場所」

を選ぶようになっていました。

記憶に残らなくても、経験は残る

でも妻の考えは違いました。

「覚えていなくてもいい。」

「今、この瞬間にどんな表情をするか。」

「どんなことに興味を示すのか。」

そこに価値があると言うのです。

その話を聞いて、ハッとしました。

確かに、大人だって幼い頃の記憶はほとんど残っていません。

それでも、小さい頃に経験したことは、その後の感性や興味、性格に少しずつ影響しているのかもしれません。

そう考えると、「覚えていないから意味がない」というのは少し違うのではないかと思うようになりました。

私の中にある3つの顔

今回の話をきっかけに、自分の中には三つの役割があることにも気づきました。

一つ目は、自分自身。

好きなことをして、趣味を楽しみ、友人たちと笑い合う時間も大切にしたい。

父親になっても、その気持ちは変わりません。

二つ目は、夫としての自分。

妻が少しでも楽に過ごせるように考えたり、支えたりする役割です。

そして三つ目が、父親としての自分。

わが子の成長を見守り、どんな経験をさせてあげられるかを考える存在です。

妻に言われるまで、私は一つ目と二つ目は意識していました。

でも三つ目は、まだ十分ではありませんでした。

父親になることと、父親として成長すること

子どもが生まれた瞬間、戸籍上は父親になります。

でも、父親としての考え方や視点まで、その日に身につくわけではありません。

私もまだ勉強中です。

だから今回の会話は、責められたというより、新しい視点をもらえた出来事でした。

今度お出かけ先を考えるときは、

「自分が行きたい場所」

「妻がゆっくりできる場所」

だけではなく、

「この子はどんな反応をするだろう。」

そんなことも考えながら選んでみたいと思います。

子どもは、今日しか見せてくれない表情があります。

今日しか感じられない刺激があります。

その瞬間を一緒に楽しめる父親になれたらいいなと思います。

父親になったのは、息子が生まれた日。

でも、父親として少し成長できたのは、妻のあの一言を聞いた日だったのかもしれません。