トムパパの好奇心日記

日常の中で見つけた小さな好奇心を、トムと一緒に楽しんでみませんか?

子どもたちの遊び声が残った、夕方の帰り道

今日の帰り道、前を歩く人の足取りもどこかゆっくりになる夕方だったと思う。ランドセルを背負った子どもたちが、あちこちで家路につく時間帯だ。そんな中、少し後ろから小学生くらいの男の子が二人、並んで歩いてくる気配がした。靴を擦る音が軽くて、いかにも学校帰りという感じだ。

特別大きな声ではない。でも、子ども特有の、抑えきれない楽しさが混じった声が聞こえてきた。

「お前もシチューを食べないか?」

思わず、心の中で「ん?」と反応してしまった。振り返らなくても、遊んでいるのがすぐに分かる、あの独特のテンションだ。すると、間を置かずにもう一人が、少し低い声で言い返す。

「お前もビーフシチューを食べないか?」

その瞬間、すべてを察した。ああ、あれだ。鬼滅の刃の、あの有名な台詞。「お前も鬼にならないか」を、二人なりにアレンジして言い合っているのだろう。きっとアニメか漫画で覚えたフレーズを、意味も深く考えずに使っている。ただ、それが面白いから。

二人は歩きながら、交互に同じ言い回しを繰り返す。
「お前もシチューを食べないか?」
「お前もビーフシチューを食べないか?」

それだけなのに、なぜか楽しそうで、くすくすと笑い声が混じる。完全に遊びだ。ごっこ遊びと言ってもいいし、言葉遊びと言ってもいい。ただ共通のネタを持っているだけで、こんなにも盛り上がれるのが子どもなのだと思う。

大人が同じことをしたら、たぶん一往復で終わる。「何それ?」で終了だ。でも、彼らは違う。意味よりもノリ。正解よりもテンポ。相手が同じ世界に乗ってきてくれること自体が、もう楽しい。

しばらくすると、少しずつ変化が出てきた。
「お前もホワイトシチューを食べないか?」
「今日は寒いからな」
そんな具合に、勝手に設定が足されていく。ルールはないし、まとめる気もない。ただ思いついたことを、そのまま口に出している。

その様子を聞きながら、なんだか胸の奥が少し温かくなった。ああ、こういう時間、最近あっただろうか。何の役にも立たないけれど、確実に楽しい時間。評価も成果も気にしない、ただの遊び。

子どもの頃は、毎日がこんな感じだった気がする。下校途中のどうでもいい会話。意味不明なあだ名。誰かの言い間違いで腹を抱えて笑う時間。それが特別だとも思わず、当たり前に過ごしていた。

今はどうだろう。面白いことを思いついても、頭の中で一度止まる。「言うほどでもないな」「今じゃないな」と、自分で自分にブレーキをかけてしまう。でも、後ろを歩く二人の子どもには、そのブレーキがない。楽しいからやる。ただそれだけだ。

家が近づく頃、二人の声はだんだん遠ざかっていった。別の道に曲がったのだろう。ふと、今日の晩ごはんを思い出す。もし本当にシチューだったら、きっとあの台詞を思い出してしまう。

「お前もシチューを食べないか?」

そんな一言で笑える心を、できればこれからも失わずにいたい。今日の帰り道で拾った、小さな好奇心。トムパパの好奇心日記には、こういう出来事こそ書いておきたいと思った。意味はなくても、確かに豊かだった。

 

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