トムパパの好奇心日記

日常の中で見つけた小さな好奇心を、トムと一緒に楽しんでみませんか?

甥っ子にお年玉をあげて、ふと思ったこと

正月に甥っ子へお年玉をあげた。ポチ袋を差し出すと、少し照れたように受け取り、「ありがとう!」と笑ってくれた。その様子を見て、こちらまで自然と顔が緩んでしまった。やっぱり、この瞬間は何度経験してもいいものだなと感じる。

その帰り道、ふと自分の子ども時代のことを思い出した。小学生の頃にもらったお年玉、あれは一体何に使っていただろう。ゲームだった気もするし、友達と駄菓子屋に行ってお菓子を山ほど買ったような気もする。正直、細かいことはあまり覚えていない。

それでも、不思議なことに「楽しかったな」という感覚だけは、今でもちゃんと心に残っている。

お年玉は、小さな自由

子どもにとってのお年玉は、ただのお金ではない気がしている。年に一度、自分の判断で使っていい“ちょっとした自由”のようなものだ。普段は親の管理下にあるお金が、急に自分の手元に来る。そのワクワク感は、大人になってからはなかなか味わえない。

最近は、子どものうちから投資を学ばせよう、という話もよく耳にする。確かに選択肢としては悪くないし、お金について考えるきっかけになるのも間違いない。

ただ個人的には、子どもの頃はもう少し気楽にお金を使ってもいいんじゃないかな、と個人的には思っている。

子どもの頃にしかできない使い方

好きなお菓子を買う。欲しかったおもちゃを手に入れる。友達と同じゲームに夢中になる。大人から見たら「それ、本当に必要?」と思ってしまうような使い方かもしれない。

でも、その一つひとつが、あとになって思い出になることも多い。物そのものは残っていなくても、「あの頃、あれにハマってたな」という記憶は、不思議と消えずに残る。

自分自身を振り返ってみても、覚えているのは高価な物ではなく、夢中になっていた時間や、友達と笑った場面ばかりだ。

お金の価値は、今が一番高い

同じ金額でも、お金の価値は年齢によってずいぶん変わる。大人にとっての1000円と、子どもにとっての1000円は、まったく別物だ。

子どもの1000円は、世界を少し広げてくれる力を持っている。選べることが増え、体験できることが増える。その分、心に残る密度も高くなる。

そう考えると、お金の価値は「今」が一番高いのかもしれない。特に子ども時代は、少しのお金で大きな体験ができる、かなりコスパのいい時期だなと感じる。

投資よりも先に、夢中になる経験を

もちろん、将来のためにお金を貯めたり、増やしたりする考え方も大切だ。ただ、その前に「何かに夢中になった経験」があるかどうかは、あとからじわじわ効いてくる気がしている。

夢中になったことが多いほど、思い出も増える。思い出が増えるほど、自分の中に軸のようなものができていく。子どもの頃のお金は、そういう意味での自己投資と言えるのかもしれない。

まとめ:お年玉は、思い出のきっかけ

甥っ子にお年玉をあげて、喜んでもらえた。ただそれだけの出来事だけれど、いろいろ考える時間をもらったような気がしている。

今年のお年玉が何に変わるのかは分からない。でも、そのお金で生まれた時間や経験が、いつか振り返ったときに「あの頃、楽しかったな」と思える思い出になってくれたら、それで十分だ。

お年玉は、年に一度の小さな自由。そんなふうに考えると、ポチ袋の重みも、少し違って感じられる気がする。年々金額を増やしT上げようかなと思う今日この頃ですWW

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