先日、何気なく街を歩いていたときのことだ。
吐く息が少し白くなり始め、年末の気配がじわじわと近づいてきた頃。街全体がどこか落ち着かないようで、それでいて少し浮き足立っている、そんな空気を感じながら歩いていた。
そのとき、前方から突然、やけに力のこもった声が飛んできた。
「お餅!! 食べたい!!」
あまりに唐突で、思わず足が止まる。
一瞬、正月の精霊でも現れたのかと思ったが、声の主はずっと小さかった。見ると、保育園のお散歩中らしい子どもたちの集団が、信号待ちで立ち止まっている。その中の一人が、全身を使って感情を放出していた。
どうやら先生と手をつなぎながら歩く途中、子ども同士で「お正月には何を食べるか」という話になったらしい。そして話題は自然と、お餅へと流れ着いた。
そこから先は、もう止まらなかったようだ。
頭の中に浮かんだお餅は、想像以上にリアルだったのだろう。
今すぐ食べたい。
いや、今じゃないとダメだ。
そんな強い気持ちが、小さな体から大きな声になって飛び出していた。
先生はしゃがみ込み、穏やかな声で話を聞いていた。
「お餅、おいしいよね。でも今日は帰ってからね」
それでも涙は止まらない。
泣きながら、叫びながら、それでも言葉は一貫している。
「お餅!!」
信号待ちの短い時間、隣でその様子を見ていた私は、なんとも言えない気持ちになった。
困っている先生には申し訳ないと思いつつも、正直、少し微笑ましい。欲望があまりにも純粋で、まっすぐで、取り繕うことを知らない。
信号が青に変わり、園児たちは再び歩き出した。
最後まで「お餅!」と叫び続ける小さな背中を見送りながら、心がじんわりと温かくなる。
ああ、もうすぐお正月なんだな、と。
ただ、その余韻の中で、ふと一つの疑問が浮かんだ。
――あの子、実際にはお餅を食べても大丈夫なんだろうか。
お餅といえば、大人にとっては正月の風物詩でありながら、「喉に詰まりやすい」「注意が必要」というイメージも強い食べ物だ。毎年のように注意喚起が出されるほど、扱いには気を使う存在でもある。
それが、あんなに小さな子どもとなると、なおさら気になってくる。
そこで、トムの好奇心が静かに動き出した。
調べてみると、日本の食育や子どもの安全に関する情報では、かなり共通した見解が示されていた。
多くの資料で言われているのは、お餅は3歳頃までは与えないほうがよい食品だということ。
理由は年齢そのものではなく、発達段階にある。
3歳未満の子どもは、噛む力や飲み込む力がまだ十分に発達していない。奥歯が生えそろっていなかったり、噛み切る動作が未熟だったりすることも多い。また、「よく噛んでから食べる」といった指示を理解し、実行するのも難しい時期だ。
そこに、お餅特有の性質が重なる。
お餅は柔らかく、よく伸び、噛み切りにくい。さらに粘着性が高く、口の中や喉にまとわりつきやすい。
この性質が、成長途中の子どもにとっては大きなリスクになる。
そのため、「3歳を過ぎたら安心」というわけでもない。
多くの情報では、3歳以降であっても個人差が大きく、与える場合は細かく切ることや、必ず大人がそばで見守ることが強調されている。海外では、さらに慎重に考え、5歳頃までは避けたほうがよいという考え方も紹介されているほどだ。
そう考えると、あの交差点で響いていた「お餅!!」という叫びは、
ただ可愛いだけでなく、「まだ少し早い憧れ」でもあったのかもしれない。
それでも、あの子の気持ちはよくわかる。
お餅は特別だ。
家族が集まり、いつもと違う空気の中で食べる、少し特別な食べ物。
きっとあの子も、どこかでその雰囲気を感じ取っていたのだろう。
赤信号のわずかな時間から生まれた、小さな出来事。
そこから広がった疑問と、少し現実的な調べもの。
次にお餅を目にしたとき、
あの全力の「お餅!!」を、きっと思い出す気がする。