先日、久しぶりにステーキガストに行ってきました。
お腹が空いていたので、肉をがっつり食べたいなと思っての訪問。ファミリー層が多い店内は、ちびっこたちの元気な声と、ジュージューと肉が焼ける音でとても賑やか。そんな中で、ちょっとした出来事がありました。
それは、僕の後ろの席にいたちびっこたちが、**「アンパンマンのマーチ」**を歌い出したこと。
「アンパンマンは君さ〜♪」と元気いっぱいに歌う声。正直、最初は何気なく聞き流していました。昔から親しみのあるあの歌。子どもの頃はアニメもよく観ていたし、何度も耳にしていたから、懐かしいなぁくらいの気持ちだったんです。
でも、その子たちの歌声を耳にしながら、ふとあるフレーズに心が留まりました。
「そうだ うれしいんだ 生きる喜び たとえ胸の傷が痛んでも」
…あれ?こんなに深い歌詞だったっけ?
思わず箸を止めてしまいました。
子どもの頃、当たり前のように聴いていたときは、正直なところ歌詞の意味なんてまったく考えていなかった。ただ「アンパンマンは強くて優しいヒーロー」というイメージだけ。でも今、大人になって改めて耳にすると、その言葉の重みと優しさに驚かされる。
生きる喜び。たとえ胸の傷が痛んでも。
今の自分にとって、このフレーズはとてもリアルで、胸に染みるものでした。
考えてみれば、大人になればなるほど、いろいろなことがあります。
楽しいこともあれば、辛いこと、悩むこと、失敗して落ち込むこともある。誰だって、心に傷を抱えながら、それでも毎日を生きている。そんなとき、「それでもうれしいんだ、生きるって楽しいことなんだ」と歌ってくれるこの歌は、子ども向けというよりむしろ大人のための応援歌なのかもしれない、そんなふうに思えてきたんです。
よく、本でも「読むタイミングで受け取れるものが変わる」と言います。
例えば、10代の頃に読んだ本と、30代になってから読む同じ本では、感じ方も響き方もまったく違う。かつては意味がわからなかった言葉や登場人物の気持ちに共感したり、今の自分の状況と重ねたり。そのときの自分の心境や経験によって、同じ作品でも違った意味を持つことがある。
でも、歌にもそれがあるんだなと今回気づきました。
子どもの頃に何も考えずに聴いていた歌が、大人になった今、まるで違うメッセージとして響いてくる。しかも、それが子どもたちの無邪気な歌声を通して耳に届いたから、なおさら心に刺さったのかもしれません。
その光景を眺めながら、ふと**「昔当たり前に思っていたものって、今改めて見ると違って感じることがある」**ということを思い出しました。
例えば、実家の近所にあった小さな公園。子どもの頃は何も考えずに遊んでいたけれど、大人になって久しぶりに訪れると、妙に小さく感じたり、懐かしい匂いに胸が締め付けられたりする。そういう感覚に似ているのかもしれません。
帰り道、なんだかもう一度ちゃんとアンパンマンマーチの歌詞を読んでみたくなって、スマホで検索してみたんです。
すると、改めてものすごく前向きで、でも人間らしい弱さも認めてくれる優しい歌詞だということに気づきました。
「生きるよろこび」「たとえ胸の傷がいたんでも」「何が君の幸せ、何をしてよろこぶ」
その問いかけのひとつひとつが、子どもの頃にはわからなかったけれど、今ならしっかり受け取れる気がする。
こうして考えると、子どもの頃に当たり前だと思っていたものも、大人になって見つめ直すと、意外と深い意味が隠れていたり、支えになる言葉があったりするものですね。
たまには昔のアニメの主題歌や童謡を聴いてみるのも、悪くないかもしれない。忘れていた大事なことを、ふと思い出させてくれる気がします。
今度、何かしんどいことがあったときは、アンパンマンマーチを聴いてみようかな。
きっと、「それでも大丈夫だよ」って、優しく背中を押してくれる気がします。