トムパパの好奇心日記

日常の中で見つけた小さな好奇心を、トムと一緒に楽しんでみませんか?

黄昏泣きとは?夕方になると赤ちゃんが泣く理由と体験談

夕方になると、わが家には毎日ほぼ決まった時間に、ある“現象”が訪れるようになった。

時計を見ると、だいたい17時半すぎ。
さっきまで機嫌よくしていた赤ちゃんの顔が、少しずつ曇りはじめ、18時を回ったころには、まるで誰かが見えないスイッチを押したかのように、泣き出す。

最初は、原因探しに必死だった。

おむつは?
さっき替えた。
ミルクは?
飲んだばかり。
暑い?寒い?
室温は問題なさそう。

それでも泣く。
しかも、だんだん声が本気モードになっていく。

「これは…何が起きているんだ?」

医療職として「原因があるはず」と思ってしまう性分もあり、
私は毎日のように頭の中で鑑別診断のようなことをしていた。

腹痛?
眠気?
刺激過多?
それとも、ただの機嫌?

しかし、どれにもはっきり当てはまらない。

そんなとき、育児書の片隅に書かれていた言葉に目が止まった。
黄昏泣き

夕方から夜にかけて、理由がはっきりしないまま激しく泣く、乳児期特有の現象。
多くは生後数週から始まり、3〜4か月頃には自然と落ち着く。

読んだ瞬間、思わずこう思った。
「それ、毎日うちで起きてます。」


黄昏泣きの面白いところは、時間がやたらと正確なことだ。

今日も、
昨日も、
一昨日も、
ほぼ同じ時間帯に始まる。

まるで、赤ちゃんの体内時計に「夕方アラーム」が内蔵されているかのようだ。

わが家では、夕飯の準備を始めようとした瞬間に始まることが多く、
片手でフライパン、片手で抱っこ、という妙なバランス訓練が日課になった。

火を止めたまま、
泣き止むのを待つ。

結果、夕飯はよく冷める。
親の腕はよく鍛えられる。
謎の持久戦である。


原因は、実は今でもはっきり分かっていないらしい。

脳や神経の発達がまだ未熟で、
日中に受けた刺激をうまく処理できず、夕方に一気に疲れが出る説。

昼夜のリズムがまだ整っていない説。

消化機能が未熟で、お腹の張りや不快感が関係する説。

どれももっともらしい。
そして、どれも「今はそういう時期です」としか言いようがない。

つまり、**黄昏泣きは、病気ではなく、成長の途中で起こる“仕様”**らしい。

そう分かっても、実際に泣き声を聞いていると、
頭で理解するのと、心が追いつくのは別問題だ。


ある日、ふと気づいたことがある。

私はいつの間にか、
「泣き止ませること」ばかりに集中していた。

抱っこして、
揺らして、
歩き回って、
泣き止まないと、少し焦る。

でも、黄昏泣きには、
「これをすれば必ず止まる」という正解はない。

静かにする。
部屋を暗くする。
外の空気に当たる。
縦抱きにする。

どれも多少は効く。
でも、効かない日も普通にある。

そんなとき、思い切って、
「止める」のをやめてみた。

安全だけ確保して、
抱っこしながら、
ただ一緒に泣く時間として過ごす。

すると、不思議と、
こちらの気持ちのほうが少し楽になった。


そして、もうひとつ気づいたことがある。

あれほど毎日続いていた黄昏泣きは、
ある日を境に、少しずつ減っていった。

泣く時間が短くなり、
声の勢いが弱くなり、
気づけば、夕方が静かに過ぎる日が増えていた。

「いつ終わったのか」は、正直よく覚えていない。
でも、確実に、終わっていた。

今振り返ると、
あの時間は、赤ちゃんが必死に世界に慣れようとしていた時間だったのだと思う。

光、音、人、昼と夜。
小さな体で、それらを毎日必死に処理して、
夕方になると、限界が来て、泣いていたのかもしれない。


もし今、黄昏泣きの真っ最中にいる人がいたら、
トムパパ的には、これだけ伝えたい。

それは、あなたの育て方のせいではない。
それは、あなたの抱っこが下手だからでもない。
それは、赤ちゃんが順調に成長している証のひとつだ。

今日も夕方が来る。
また泣くかもしれない。

でも、その時間は、
意外とあっさり、終わる。

そして終わったあと、
「あの時間、大変だったなあ」と、
少しだけ懐かしく思い出す日が、きっと来る。

冷めた夕飯と、
鍛えられた腕と、
夕暮れの泣き声。

あれは、あれで、
ちゃんと育児の一場面だったのだと思う。

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子どもに伝えたい、95歳の戦争の話


先日、思いがけず95歳の方とゆっくりお話しする機会があった。
年齢を聞いただけでも背筋が伸びるのに、その方は戦争当時のことを、まるで昨日の出来事のように語ってくださった。

一番印象に残ったのは、「とにかくお腹が空いていた」という言葉だった。
毎晩のように空襲警報が鳴り、防空壕へ走って逃げる。自分の家の庭に穴を掘り、そこに身を潜めて夜を明かす。爆音が聞こえるたびに、次は自分の番かもしれないと息をひそめていたそうだ。
防空壕の中は暗く、湿っぽく、子ども心にも「ここで死ぬかもしれない」と思うほど怖かったという。

それでも一番つらかったのは、やはり空腹だったらしい。
配給は少なく、芋のつるや雑草を食べてしのいだこともあったという。
「今の人は想像もできないだろうね」と、少し笑いながら話してくれたが、その笑顔の奥には、きっと言葉にできない記憶が詰まっているのだろうと思った。

話を聞きながら、ふと考えた。
この方が生きてきた約95年。その間に、世界はどれほど変わったのだろうか。

今の私たちは、コンビニに行けば24時間いつでも温かいご飯が買える。
スマートフォンがあれば、欲しい情報も娯楽も一瞬で手に入る。
お腹が空く前に何かを口にし、「今日は何を食べようか」と悩める時代だ。

それが、ほんの100年足らず前には、命を守るために穴を掘り、空腹を抱えながら夜を越えていた。
このスピード感には、正直、少し怖さすら覚える。
今は10年、20年で当たり前ががらりと変わる。便利さは増えたけれど、その変化についていく余裕が、心のほうには足りていない気もする。

では、自分はどうだろう。
毎日の食事に、心から感謝しているかと聞かれると、正直そこまでではない。
お腹が空きすぎて動けなくなった経験もないし、「食べられること」そのものを深く考える機会はほとんどなかった。

わが家の食卓を思い返してみる。
「今日のご飯なに?」と子どもに聞かれて、「なんでもいいよ」と適当に返す自分。
冷蔵庫を開けては、「あ、これ賞味期限切れてる」とため息をつき、そのままゴミ箱に入れてしまうこともある。
もしこの光景を、あの95歳の方が見たら、どんな気持ちになるだろう。

今の時代は、食べ物が大量に捨てられている。
コンビニのお弁当やパンが、まだ食べられるのに廃棄されていく現実。
当時を生きた人が見たら、きっと言葉を失うだろう。
「もったいない」という言葉では、追いつかない世界だ。

一方で、私たちは「豊かさ」に慣れすぎてしまったのかもしれない。
選択肢が多すぎて、ありがたみを感じにくくなっている。
不便さや不足があったからこそ、人は感謝できたのではないか。
そんなことを、ふと考えてしまう。

95歳のその方は、静かに、でもはっきりと話していた。
「あの頃を思えば、今は本当にありがたい時代だよ」と。
不思議と、愚痴や怒りは感じなかった。ただ、事実を伝えたいという思いだけがあった。

その言葉を聞いて、胸の奥がじんわり熱くなった。
この平和で便利な日常は、偶然そこにあるものじゃない。
多くの人の苦労や犠牲の上に、ようやく積み上がったものなのだ。

話を聞き終えた帰り道、いつもの景色が少し違って見えた。
コンビニの明かりも、スマホの通知音も、全部が“当たり前じゃない”ものに思えた。
つい先ほどまで、戦争の話を聞いていた自分が、数分後にはコーヒーを買ってスマホをいじっている。
このギャップが、なんとも不思議で、ちょっとだけ怖かった。

トムパパの好奇心として、今回ひとつはっきりしたことがある。
それは、歴史は教科書の中だけにあるものじゃないということ。
すぐそばにいて、耳を傾ければ、ちゃんと今とつながっている。

家に帰って、その日の夕飯をいつもよりゆっくり食べてみた。
「いただきます」を、少しだけ丁寧に言ってみた。
子どもにも、「ご飯ってね、昔は本当に大変だったんだよ」と、今日聞いた話をかみ砕いて伝えてみた。
正直、どこまで伝わったかは分からないけれど、それでもいい気がした。

せめて今日のご飯くらいは、スマホを置いて、味わって食べよう。
そんな小さなことから、大切にしていきたい。
100年でここまで変わった世界を、ただ消費するだけじゃなく、ちゃんと受け取れる大人でいたいと思った。

トムパパの好奇心日記、今日の結論。
「当たり前」は、実はとてもありがたい。
そしてそれに気づけた今日は、ちょっとだけいい一日だった気がする。

 

 

 

菅前首相の引退ニュースを見て、ふと湧いてきた気持ちの話


先日、菅義偉前首相が政界を引退するというニュースを見ました。
画面に映るその姿を見た瞬間、正直なところ「はい、いよいよか」と、静かに思いました。

ここ最近、テレビや動画で菅前首相を拝見すると、どこかとてもお疲れのように見えていました。表情も硬く、顔色もあまり良くないように感じることが多く、「相当無理をされてきたんだろうな」と、勝手ながら心配していたところでした。

だから今回の引退の報道を知ったとき、驚きよりも先に浮かんだのは、
「本当にお疲れ様でした」という言葉でした。

菅前首相が総理大臣だった期間は、決して長くはありません。
ただ、振り返ってみると、不思議と「生活に関わること」をいくつも思い出せる首相だったな、という印象があります。

たとえば、不妊治療の保険適用です。
これは子育て世代にとって、決して遠い話ではありません。周囲を見渡しても、不妊治療に向き合ってきたご家庭は少なくなく、費用の問題や精神的な負担の大きさを耳にすることもありました。

「治療したい気持ちはあるけれど、金銭的に簡単ではない」
そんな現実に対して、国として一歩踏み込んだ姿勢を示したことは、当事者の方にとって大きな支えになったのではないかと思います。

もう一つ、よく覚えているのが携帯電話料金の引き下げです。
毎月必ずかかる通信費が下がるというのは、派手さはありませんが、家計にはじわじわと効いてきます。

「気づいたらスマホ代が前より安くなっていた」
そんな実感を持った方も多いのではないでしょうか。トムパパ的にも、これは素直に「助かるなあ」と感じた政策の一つでした。

菅前首相のやってきたことを振り返ると、大きな理想を掲げて格好いい言葉を並べるというよりも、
「今、困っているところを少しでも何とかする」
そんな現実的な仕事が多かったように思います。

官房長官時代から、前に出て目立つタイプではありませんでしたが、その分、裏で淡々と物事を進める仕事人という印象がありました。
正直、説明が少なくて分かりにくいな、と思ったこともあります。でも、それでも「何をやったか」で見ると、ちゃんと結果が残っている政策が多いと感じます。

世の中の評価は、本当にさまざまです。
厳しい声があったのも事実ですし、全てがうまくいったわけでもないでしょう。
それでも個人的には、「生活に関係あることを、現実的に前に進めてくれた首相」という印象が強く残っています。

正直な話をすると、岸田首相や石破首相と比べたとき、
「菅前首相って、結構仕事してくれてたよなあ」
と思ってしまう自分がいます。

少なくとも、「あの人、何やってたっけ?」ではなく、
「ああ、あれをやってくれた人だ」
と、すぐに思い出せることがいくつもあります。

政治の世界は、どうしても派手な言葉や対立が注目されがちです。
でも、時間が経って振り返ったときに、生活の中にちゃんと残っているものがあるかどうかは、とても大切なことだと思います。

菅前首相は、ヒーローのような政治家ではなかったかもしれません。
けれど、地味で、愚直で、現実を見て動くタイプの政治家だったのではないでしょうか。

今回の引退のニュースを見て、批判や評価を並べる気持ちよりも、
「よくここまで走り切りましたね」
そんな温かい気持ちのほうが自然と湧いてきました。

改めて、
ありがとうございました。
そして、本当にお疲れ様でした。

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衆議院解散が濃厚?総選挙の夜を家族で楽しむ、我が家のちょっとした恒例行事

最近のニュースを見ていると、どうやら衆議院の解散・総選挙は、かなり現実的なところまで来ているように感じます。
正式な発表こそまだですが、複数の報道で具体的な日程感まで語られている状況を見ると、「やるかもしれない」ではなく、「たぶん、やる前提で動いているんだろうな」という空気です。

 

街の景色は、まだいつも通りです。
けれど、水面下では確実に話が進んでいて、テレビの中では解散後を想定した分析や、各党の動きが当たり前のように語られています。

そんな報道を眺めながら、我が家では少しずつ「選挙モード」に入っています。
といっても、何か特別な準備をするわけではありません。
ただ、「ああ、またあの夜が来そうだな」と思い出すだけです。

 

ここ数年、我が家では選挙の日がちょっとしたイベントになっています。
投票を済ませた夜、テレビで開票特番を見ながら、ピザやお寿司を食べる。
最初は本当に偶然でした。
「今日は選挙だし、せっかくだから楽にしようか」
そんな軽い一言から始まったものが、いつの間にか恒例になっていました。

 

選挙でできることは、一票を投じることだけです。
それ以上でも、それ以下でもありません。
大きな声を上げるわけでもなく、何かを直接変えられるわけでもない。
それでも、限られた情報の中で考え、自分なりに選んだ一票を入れる。
それはやっぱり、無意味な行為ではないと思っています。

だからこそ、開票結果が気になります。
画面に表示される議席数や、少しずつ増えていく開票率。
「ここは思ったより競ってるな」
「この党、今回は強いな」
そんなことを言いながら、テレビの前でじっと見守ります。

自分が選んだ党や候補者に当確が出ると、素直に嬉しい。
「お、受かった受かった」
思わず、そんな言葉が出てしまいます。
大声で喜ぶわけではありませんが、心の中ではしっかり喜んでいます。

選挙は本来、とても真剣なものです。
でも、真剣であることと、生活の中に取り込むことは、両立できる気がしています。
こうして家族で結果を見ながら過ごすことで、選挙がどこか遠い世界の出来事ではなくなります。

 

そして最近、よく考えるのが、将来のことです。
もし我が子が大きくなったら、同じように選挙の夜を過ごしたいなと思います。

「今日は選挙の日だから、ちょっといいもの食べようか」
そんな何気ない一言から始まって、テレビの前に並んで座る。
「あ、この人当選したね」
「今回はこっちが伸びたね」
そんな会話をしながら、結果を眺める。

政治の細かい仕組みや考え方は、後からいくらでも学べます。
でも、「選挙の日は家族で見ていた」という記憶は、意外と長く残るものです。
ピザの匂いや、テレビの音と一緒に覚えていてくれたら、それで十分なのかもしれません。

 

正式な発表はまだですが、状況を見る限り、今回の選挙はかなりの確率で行われるでしょう。
その日が来たら、我が家ではきっと、またピザかお寿司が食卓に並びます。
一票の重みを感じながら、静かに、でも少し楽しみにしながら、選挙の夜を迎えるつもりです。

たぶん、もう準備は始まっています。
心の中と、ごちそうの準備だけは、すでにww

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違いを感じる焙煎カレー体験

先日の夕飯は、焙煎カレーでした。
焙煎された粉タイプのカレールーを使って作ったカレーで、普段よく使っているバーモントカレーなどの固形ルーとは、少し方向性の違うものでした。

いつもはその時の気分で甘口にしたり、中辛にしたり、ルーの種類を変えることはあります。ただ、それはあくまで「同じカレーの中での違い」という感覚で、今回の焙煎カレーは、作る前からどこか別物のような印象がありました。
正直に言うと、これまで「焙煎カレーとは何か」と聞かれても、はっきり説明できるほど理解していなかったと思います。

作り始めてすぐ、その違いははっきりと感じられました。
鍋に粉のルーを入れた瞬間、立ち上がる香りがいつもとまったく違っていました。スパイスの刺激というより、香ばしさが前に出ていて、どこかコーヒーやトーストのような「焼き」の香りがしました。
その時、「これは喫茶店のカレーだな」と自然と納得したのを覚えています。

完成してひと口食べてみると、辛さよりも先にコクを感じました。
味に奥行きがあり、少しビターで、大人っぽい印象でした。いつもの家庭のカレーが「安心感」だとすれば、焙煎カレーは「落ち着き」や「深み」といった言葉がしっくりくるように感じました。
気づけば無言で食べ進めていて、あっという間に一杯目を食べ終えていました。

そして、ごく自然な流れでおかわりをしました。
本当は少し多いかなと思いながらも、「もう一杯くらいなら大丈夫だろう」と自分に言い聞かせていました。
結果的にはしっかり満腹になりましたが、不思議と後悔はありませんでした。それだけ満足感が高かったのだと思います。

これまで喫茶店のカレーを食べて、「なぜ家のカレーと違うのだろう」と漠然と感じていました。
特別な具材が入っているわけでもないのに、なぜか記憶に残る味。
今回、焙煎カレーを食べたことで、その理由の一端が分かった気がしました。
スパイスを前に出すのではなく、しっかりと焙煎することで香りとコクを引き出している。その積み重ねが、派手さはなくとも印象に残る味につながっているのだと感じました。

普段、カレーは「いつもの味」として何気なく食べています。
忙しい日でも作りやすく、家族にも喜ばれる定番メニューです。
しかし、今回のようにルーを少し変えるだけで、ここまで印象が変わるのだと知り、まだ知らないカレーの世界がたくさんあるのではないかと思いました。

これは、カレーに限った話ではないのかもしれません。
普段と少し違うものを選ぶこと。
いつもより一段階だけ違う選択をしてみること。
それだけで、新しい発見や、新しい好みが見つかることがあります。

高級な食事をするわけでもなく、大きな出費をするわけでもなく、日常の中の「ちょっとした変化」は、十分に楽しめるものなのだと感じました。

今回の焙煎カレーは、そんなことを改めて教えてくれた一皿でした。
次はまた、いつものカレーに戻るかもしれませんし、別の焙煎タイプを試すかもしれません。
ただ、「なんとなく」で選ぶのではなく、「少し試してみよう」と思えたこと自体が、すでに大きな収穫だったように思います。

カレー一杯でも、好奇心を向けることで、日常はきちんと面白くなる。
そんなことを思いながら、満腹になったお腹をさすっていた夜でした。

 

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「プーメリー」を使用してみての感想!メリーがおすすめされる理由【5選】

赤ちゃんのおもちゃを調べ始めると、本当にいろいろな種類があることに気づきます。
ガラガラ、ラトル、布絵本、歯固め……。どれもそれぞれ役割があり、どれを選ぶべきか迷ってしまいます。

そんな中、昔から定番として名前が挙がり続けているのがメリーです。
「必要かどうかは家庭次第」と言われることもありますが、情報を調べていくと、多くの育児サイトで共通して紹介されている理由があることが分かってきました。

今回は、我が家でも活用しているプーメリーについて、
調べた内容を基に「おすすめされている理由」を整理してみます。


プーメリーとは

プーメリーは、タカラトミーが販売している
くまのプーさん えらべる回転6WAYジムにへんしんメリー」
の通称です。

ベビーベッドに取り付ける回転式メリーとして使用できるほか、成長に合わせて複数の形に変えられることが、メーカー公式情報として明記されています。

引用:
タカラトミー公式サイト
https://www.takaratomy.co.jp/products/babytoy/merry/


プーメリーがおすすめされる理由【5つ】

① 視覚刺激を与えるおもちゃとして紹介されている

赤ちゃんは生後すぐの段階では視力が未発達で、はっきりと物を見ることはできないとされています。
そのため、動きのあるものやコントラストのはっきりしたものが視覚刺激になると、多くの育児情報サイトで説明されています。

ベネッセの「たまひよ」では、メリーは赤ちゃんが目で物を追う経験につながるおもちゃとして紹介されています。

引用:
たまひよ(ベネッセ)
https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=xxxxx


② 音楽による聴覚刺激がある

メリーには音楽機能が搭載されている製品が多く、
音に反応する経験を得るための刺激になると説明されています。

ピジョンの育児情報では、赤ちゃんは音に対して早い段階から反応を示すことがあり、音のあるおもちゃはそのきっかけになると紹介されています。
プーメリーには複数の楽曲や効果音が収録されていることが、製品仕様として確認できます。

引用:
ピジョン 育児情報
https://pigeon.info/babycare/toy/


③ 視線追跡の経験につながる

回転するメリーを見て人形の動きを追う行動は、
視線追跡(トラッキング)の経験につながると説明されています。

西松屋の育児コラムでは、メリーは赤ちゃんが動くものを目で追う練習になるおもちゃとして紹介されています。
これはプーメリーに限らず、一般的なメリーの特徴として説明されている内容です。

引用:
西松屋 子育て情報
https://www.24028.jp/special/babytoy/


④ 落ち着いた環境づくりに使われている

メリーは「遊ぶおもちゃ」というだけでなく、
穏やかな動きや音によって赤ちゃんの周囲環境を整える目的で使われることがあると紹介されています。

たまひよでは、回転するメリーや音楽付きのおもちゃが、赤ちゃんの気持ちを落ち着かせる環境づくりに使われることがあると説明されています。

引用:
たまひよ(ベネッセ)
https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=yyyyy


⑤ 成長に合わせて使い方を変えられる

プーメリーの大きな特徴として、使い方を変えられる構造が挙げられます。

タカラトミー公式サイトでは、

  • ベッドメリー

  • フロアメリ

  • ジム

  • 知育パネル

といった複数の使用方法があることが明記されています。
これは製品仕様として確認できる事実です。

引用:
タカラトミー公式サイト
https://www.takaratomy.co.jp/products/babytoy/merry/


我が家で使ってみての感想

我が家で「ぷーめりー」を使い始めたのは、生後1か月を少し過ぎた頃でした。色合いがはっきりしているおかげか、徐々に目で追うようになり、赤ちゃんの反応が目に見えて変わってきたのを感じました。

今では、回転させるとギャン泣きする直前であれば泣くのを防げることも多く、親がなんとか落ち着いてご飯を食べられる時間を作ることができています(笑)。特に昼間は大活躍で、「ちょっと待っててほしいな」という場面では本当に助けられています。

ポケモンなど他のメリーと比べても、個人的には色がややはっきりしている印象があり、その点も我が家には合っていました。結果として、この製品を選んでよかったなと感じています。

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児童手当をオールカントリーで運用したらどうなる?年5%で18年シミュレーション

最近、子どもの将来のお金について考える時間が増えた。
夜、子どもが寝たあとにスマホを触りながら
「この子が大学に行く頃、自分は何をしているんだろう」
なんてことをぼんやり考える。

その流れでふと浮かんだのが、
児童手当って、どう使うのが一番いいんだろう?
という、わりと定番だけど後回しにしがちな疑問だった。

生活費に回るのも現実。
でも、せっかく“子どものために”支給されているお金なら、
将来の選択肢を広げる形で使えたらいいなと思い、少し調べてみることにした。


オールカントリーの利回りはどれくらい?

投資先として真っ先に思い浮かんだのが、
eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)

過去のデータを見てみると、

  • 長期平均では 年7〜9%前後

  • 期間を区切ると、もっと良い年もあれば、当然悪い年もある

というのが、おおよその印象だった。

数字だけを見ると、正直ワクワクする。
でも同時に、こんなことも思った。

「この数字をそのまま信じていいのか?」

大学入学のタイミングは選べない。
もし相場が荒れている年だったら…
そう考えると、少し慎重になりたくなった。


あえて“5%”で計算してみる

そこで今回は、
平均7〜9%と言われている中で、あえて年5%
という、かなり控えめな数字で計算してみることにした。

理由は単純で、

  • 景気の悪い時期もきっとある

  • 大きく下がる年が途中に挟まる可能性もある

  • 「思ったより増えなかった」は許容できる
    でも「足りない」は避けたい

子どものお金だからこそ、
楽観よりも現実寄りで見てみたかった。


児童手当を全部投資したら?

前提条件はこんな感じ。

  • 対象:第1子・一般的なケース

  • 児童手当総額:約234万円(0歳〜18歳)

  • 毎月もらった分を、そのまま積立投資

  • 投資先:オール・カントリー

  • 想定利回り:年5%

  • 非課税制度(子ども向けNISAを想定)

かなり地味な設定だけど、
むしろ「これくらいでちょうどいい」と思える条件だ。


結果:18年後の想定

この条件で計算すると、

  • 投資元本:約234万円

  • 18年後の想定資産:
    👉 約360〜380万円(だいたい370万円前後)

爆発的ではない。
でも、何もしなければ234万円だったお金が、
時間を味方につけるだけで100万円以上増えると考えると、
なかなか悪くない。


平均どおりだったら?

ちなみに、もし平均どおりに進んだ場合は、

  • 年7%:約440万円前後

  • 年9%:500万円超え

という世界も見えてくる。

ただし、これはあくまで結果論。
最初から当てにする数字ではないと思っている。

だからこそ、

平均は7〜9%
でも、計画は5%

このくらいの距離感が、今の自分には一番しっくりきた。


大学資金として見たとき

年5%・370万円前後あれば、

  • 国公立大学なら、かなり心強い

  • 私立でも「全部じゃないけど、大きな助け」

  • 下宿や留学を考えるなら、土台として十分

「これだけで全部まかなう」ではなく、
子どもの選択肢を減らさないためのお金
そう考えると、現実的でちょうどいいラインだと思った。


トムパパの今の結論

  • オールカントリーの平均利回りは7〜9%と言われている

  • でも今回は、あえて5%で計算

  • 児童手当234万円 → 約370万円

  • 攻めすぎず、でも何もしないよりずっといい

児童手当は、ただもらって終わるお金じゃない。
時間をかければ、ちゃんと意味を持つお金になる

この判断が正解だったかどうかは、
きっと10数年後にわかる。

そのとき、
「やっておいてよかったな」
と思えたら、それで十分だと思っている。

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